ヨウ素とは

これはヨウ素学会顧問横山正孝氏(千葉大学名誉教授)から、「古くて新しいヨウ素科学」の題名で寄稿されたもので、基礎から最近の応用まで平易に解説されています。(2009年8月1日)

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1) はじめに

多くの人がヨウ素と聞いて思い浮かべるのは、澱粉の検出に使うヨウ素澱粉反応と外傷の手当てに使うヨウドチンキであろう。この様に昔から知られているヨウ素の働きは包接性とか殺菌性とかの現象論的性質で従来解釈されて来たが、21世紀になり、突如注目されて来た液晶デイスプレーに使われる偏光フィルムや太陽電池の電解液、また、有機合成の酸化剤としての多配位ヨウ素化合物のヨウ素の役割を考える場合には、現代の電子論的考察が必要となる。

ヨウ素は元素の周期律表からハロゲン元素に属するが、他のハロゲン元素であるフッ素、塩素、臭素がテフロン樹脂、フロン、DDT, ダイオキシン, 難燃性臭素化ポリマーとかで最終物質に顔を見せている主役的存在に対して、ヨウ素は反応試剤とか反応中間体、あるいは生体内の甲状腺ホルモン(チロキシン)とか地味な影武者的存在である。この脇役的存在のヨウ素を現代の科学手段で眺めれば、新たな科学が開けるかも知れない。しかも、ヨウ素は世界の 1/3 を日本が産出しているのである。資源少国の我が国としては注目しなければならない。私が十数年前に、3配位ヨウ素化合物を有機合成に使用した時を契機として、ヨウ素メーカーの人たちとヨウ素利用研究会(FIU; 現在はヨウ素学会, SIS) を立ち上げた。この目的は、新しいヨウ素科学を産学協同で研究する事であった。現在、地上デジタル放送移行で液晶デイスプレーは売れに売れている。また、色素増感太陽電池の電解液として大量需要が見込まれている。しかし、ヨウ素の資源には限界がある。世界でこの資源の大部を担っているのは、科学立国を称える日本なのである。

2) ヨウ素資源は如何に生成したか

ヨウ素はクラーク数 64 番目の元素で、 11番目塩素、17番目のフッ素、46番目の臭素と同じハロゲン元素の中でも非常に貴重な資源なのである。地球の地殻にある全量は8.6 x 1012 t と云われている。また、その中の 70%は海洋堆積物の中にある。日本のヨウ素の大部分は、千葉県の茂原地区から天然ガスの採取と一緒に産出される。このヨウ素は、太古の藍藻、珪藻類やそれを食した生物が地下に沈み、地球の地下熱で還元的分解を受け生成したものと考えられている。地名の由来の様に、この地区は藻類が茂っていたものと考えられる。地下にパイプを挿入し天然ガス採取の際に、海水より溶解塩分の多い”かん水”と云われる水を伴うが、その中にヨウ素イオン (I-) が存在するのである。その かん水から塩素で酸化しヨウ素 (I2) を得て、残りのかん水は地盤沈下を防ぐ為に地下に戻すのである(第 1 表)。


表1 かん水中の元素濃度と海水との比

天然ガスを採取する地層は地球化学的に 100~200 万年前のもので、今迄はこの年代にヨウ素が生成したものであると考えられていた。しかし、近年、学習院大学の村松教授のヨウ素放射性同位体 (12953I) を用いた分析結果から、ヨウ素生成は 4900 万年前であると計算された。4900 万年前に海底に堆積した藻類、生物の死骸を持つ海洋プレートの沈み込みが 100~200 万年前の地層に起こったと考えて説明している。

しかし、この結論を出すには、同時に産出する天然ガスのメタンの炭素放射性同位体 (146C) の分析結果や外の科学情報も必要かも知れない(第 1 図)。

図1 ヨウ素の地球化学的サイクル

一方、世界の半分を産出しているチリのアンデス山脈は海洋プレートの沈下で隆起し出来たものである。此所から出る硝酸ナトリウムを含むカリーチ鉱石中のロータライト [Ca(IO3)2] 及びディーゼアイト [7Ca(IO3)2・8CaCrO4] 鉱石が粉砕され、水抽出によりヨウ素を得ている。ここのヨウ素資源の生成は日本のそれとは異なり、大気中の次亜ヨウ素酸 (HIO)、ヨウ素 (I2)、ヨウ化メチル (CH3I) の降雨による岩石への滲み込み反応により生成したものと考えられている。地球地殻に存在するヨウ素の 0.8%は海水中にある。海底堆積物から生成するヨウ素酸イオン( IO3- )と、それが還元バクテリアの作用でヨウ素イオン ( I- ) となった形で海水中には 0.06 ppm のヨウ素が存在している。褐藻類のコンブは海水の3 万倍の1800 ppm の I- と、少量のカルバゾールやベンゼンのヨウ素誘導体を含んでいる。海水中のヨウ素濃度は地球化学的サイクルで一定に保たれていると推定されている。即ち、I- がヨウ素揮発バクテリアによりヨウ化メチル (CH3I) となり大気中に放出される。そこで太陽光を受けヨウ素 ( I2 )と 次亜ヨウ素酸 (HIO) に変化し、降雨と共に川を経て海に戻る循環である(第 1 図)。

3) ヨウ素にはどんな物理化学的性質があるか。

他のハロゲン分子が常温で気体か液体であるのと対照的に、ヨウ素分子は常温で高い沸点 (184 ℃) を持つ黒紫色の安定な結晶で存在する。結晶化した Cl2, Br2 と I2 は分散力(ロンドン力)が分子間に働き凝集し分子状結晶を形成している。この分散力は大きな分子程大きく、従って、融点及び沸点は F2 < Cl2 < Br2 < I2 の順に高くなっている。ヨウ素分子の分子量は254であるので、空気の平均分子量 28.8に比較して極端に重い為に、蒸気は空間では下層に蓄積する。ハロゲン分子及び化合物の特徴として、水への難溶性があり、20 ℃, 100 g の水に Br2 は 3.58 g 溶けるが、I2 は 0.02 g しか溶けない。ヨウ素原子 (12753I) は元素の周期律表で 53 番目の元素に相当している。これは原子量が127で、53 個の陽子と74 個の中性子からなる原子核と、その核の直径のおよそ1万倍の直径を持つ空間に53 個の電子を有している。これら電子は原子空間に出鱈目に存在しているのではなく、ある決められた軌道に存在している。その中で一番原子核から離れた位置にある 5p 軌道と云う亜鈴型の軌道に5 個の電子が存在し、もう1 個の電子を収容する能力を持っている。

しかも、この位置は核の束縛から一番離れているので比較的自由に振る舞う事が出来る。ハロゲン元素のフロンテイア軌道は、フッ素では 2p 軌道、塩素では 3p 軌道、臭素では 4p 軌道、そしてヨウ素の 5p 軌道と順次原子核から離れて存在する事がハロゲン元素の化学的性質が夫々似ているが、原子の大きさや電気的性質そして結合性に明らかな違いとして現れている(第 2 表)。

表2 ハロゲン元素の物性

原子の大きさは、結合していない状態の原子半径(ファンデルワールス半径)を比較すると歴然としている。ヨウ素の大きさはメチル基のそれに近く、生体内で間違って取り込まれるのを狙った薬への利用がある。電気的性質としては、原子核に近い軌道の電子は核から強い静電力を受け、電気陰性度や標準電極電位が示す様に、電子との親和力は F > Cl > Br > I の順に大きくなっている。この傾向はイオン化に必要なエネルギーであるイオン化ポテンシャルでも同じである。つまり、ヨウ素はハロゲン元素の中で一番酸化及び還元され易いのである。注目すべき事は、電場内での電子の片寄りの容易さは、負イオン(X-)の分極率で分かるが、大きな電子雲を持つヨウ素が一番大きい。これは、ヨウ素イオンの有機反応時の大きな求核性やヨウ素原子が窒素や酸素原子の孤立電子対と弱いハロゲン結合を形成する事に関係している。また、分極率の大きなヨウ素イオンはソフトな塩基と云われ、ソフトな酸である Cu+, Ag+, Hg+, I+, I2 と安定な結合を形成する。結合の強さは結合をホモリチックに解離するエネルギー (Δ) なので、同種の原子ではあまり差は認められないが、電気陰性度の違う原子間の結合、H – X や C – X の結合ではハロゲン元素により大きな差が出て来て、ヨウ素が一番弱い結合である事が分かる。これは、ヨウ素のリサイクル・リユースの容易さを示唆するものである。生体内では、脱ヨウ素化酵素の作用で甲状腺ホルモンのヨウ素をリサイクル・リユースしている。また、ヨウ素の大きな分散力と酸化還元の容易さは、澱粉、ポリビニルアルコール、ポリアセチレン、 グラファイト、グラフェン、カーボンナノチューブへの包接力を説明できる。

4) ヨウ素による鉄の腐食を考える。

電気化学的考察:ヨウ素はほとんどの金属と反応する性質がある。1個電子を金属原子から貰うと化学的に安定なキセノン原子の電子構造になり安定化するので、1電子還元能を持つ。この性質が殆どの金属と反応する性質なのである。その中でも、イオン化エネルギーの小さなマグネシウム (Mg) や鉄 (Fe) は水分の存在下激しく反応してヨウ化物を生成する。そこで代表例として、ヨウ素が鉄を腐食する反応の機構を考えてみよう。

腐食に関係した反応は以下の3つの化学反応式で説明出来る。

図2局部電池モデル

I2 + 2 e- → 2 I- ——– (1)

Fe → Fe2+ + 2 e- —— (2)

Fe2+ + 2 I- → FeI2 —– (3)

(1) 式は先に述べたヨウ素の1 電子還元能を表し、水素のイオン化 (H2 → 2H+ + 2 e- ) を基準電位 0 Vとすると+0.54 Vの電位を持つ。

(2) 式の電子放出反応は -0.44 Vの電位で起る。従って、ヨウ素が鉄を腐食する反応 (3) は +0.54 V – (-0.44 V) = 0.98 Vの局部電池を形成して激しく反応が起こると考えられる。これが電気化学的に説明する腐食機構である(第 2 図)。

熱力学的考察:この腐食反応を現代の熱力学を用い考えてみる。自然界で起こる変化を支配するルールとして熱力学の法則がある。熱量を表すエンタルピー(ΔH)と乱雑さ、自由度を表すエントロピー(ΔS)で物質の変化を考えるのである。熱力学第1法則に従えば、熱量エンタルピー (ΔH) は宇宙全体から見れば不変である。第2法則として、物質の変化 (ΔS) は増大する方向に進むとある。ヨウ素による鉄の腐食反応は、鉄の結晶にヨウ素が結合する事なので明らかに見かけ上 ΔS は減少する筈である(第 3 図)。

図3 鉄の結晶へのヨウ素の局在化

どうしてこの第2法則に反する変化が容易に起こるのだろうか。そこで、この反応を少し詳細に見てみよう。

Fe(固体) + I2(ガス) → FeI2 (固体)

上の反応の ΔS は推察通り -204 JK-1mol-1で負であり減少している。しかし、この変化反応は発熱反応 (ΔH = -126 KJmol-1) なのである。ここで生じた熱は熱力学第1法則に従って、周りの空気を暖め外界のΔS を増加させているのである。その増加量は計算すると 422 JK-1mol-1で、従って、反応系全体では ΔS = (422 – 204) JK-1mol-1 = 218 JK-1mol-1 となり正の値をとり熱力学第2法則に従っている。この様に、この反応は ΔS と ΔH が絡んで来るので考えるのにややっこしくなっていたのである。そこで簡単化する為に、この両方の関数から成るギブス関数 (ΔG) を導入すると、ΔG が負の値であれば自然界で起こりうると考えられる。因に、ヨウ素-鉄反応のΔG は -65 KJmol-1 となる。ここに登場した ΔG は大変便利な値で、電気的な仕事の最大値を表している。つまり、ヨウ素1モル (254 g)と鉄1モル (56 g) との腐食反応から65 KJの電気エネルギーが得られる事を意味している。これは実用単位に換算すると、1 J = 1Ws なので65 KWsとなり、例えば 1KW のモーターを65 秒回転出来る仕事に相当している。

5) ヨウ素の化学結合はどうなっているのか。

2個のヨウ素原子が結合してヨウ素分子となる。また、ヨウ素原子が炭素原子やその他種々の原子と結合してヨウ化物を作る。これら分子中の結合状態はどうなっているのだろうか。化学結合は夫々の原子の電子から出来上がっている。従って、ヨウ素原子の電子状態から理解しなければならない。さて、電子は負の電荷を持つ粒子である事を最初に発見したのは J. J. トムソンである。この粒子の流れが電流であり、この電子の展開が現代の IT 産業の源流になろうとは当時は誰も考えてもみなかったであろう。また、化学反応は原子間の結合が切れたり繋がったりする事なので、結合を構成する電子が主役となる。従って、ポーリングが化学結合論でノーベル賞を受けたのは頷ける。そこで、結合を説明する為には、結合を形成している原子が電子を持っているという点から始めなければならない。そもそも、質量数 (m+n) の原子とは、m 個の陽子と n 個の中性子からなる原子核 (直径 10-12~10-13cm)を中心として、そのおよそ1万倍の球状空間 (直径 ~10-8cm) に m 個の電子を持つものである。電子の質量は 9.1 x 10-28 g で、陽子、中性子の質量はそれぞれ電子のおよそ1840 倍 (1.67 x 10-24g)あるので、従って原子の質量は電子を無視した原子核の質量になっている。陽子は 1.6 x 10-19 クーロン (C)、中性子は 0 C、電子は-1.6 x 10-19 C の電荷があるので、原子全体では電荷は 0 C の中性で存在している。この原子内の空間に電子はどのように存在しているのかという事である。

最初、ラザフォードは電子は原子内の空間に雲の様に分散して存在していると考えた。しかし、色々な金属元素の発光および吸収スペクトルの解釈から、電子はとびとびの一定のエネルギーを持つ軌道に存在していると改められたのである。理研の長岡半太郎は、世界に先駆けて原子核の周りに電子が回る、いわゆる惑星モデルを理研の報告書に述べたが、その後、ボーア一派が類似の詳しいモデルを提出したので、現在ではボーアの原子モデルが原子模型と云う事になっている。しかし、この原子模型では、どうして電子が原子核の周りを永久運動するのかという事を説明出来なかった。これは、電子を石や野球のボールのような重さを持つ物質と考えたためで、ハイゼンベルグは彼の提出した不確定性原理の中で、電子のような極めて軽い物質を従来のニュートン力学で取り扱うと大きな誤差を生ずると述べた。そこで、新たな観点から電子の運動を考えねばならなくなった訳で、フランスのルベルは光と同じように、電子も粒子としての性質と波としての性質を持っているのではと提案したのである。

1926 年オーストリアのシュレージンガーは電子の運動式を波動関数で表した有名なシュレージンガーの波動方程式 (1) を提出した。

図4原子起動の形

= ———- (1)

H はハミルトニアン演算子、E は電子の運動エネルギー、Ψ は電子の波動関数を表している。この方程式は、私の学生時代には可成り哲学的に感じたものであった。いざ、学生に教える立場になり苦闘していた時に、テキサス・クリスチャン大学の W. B. スミス教授の波動関数の解説に出会い一瞬に霧が晴れた気がしたものである。彼は、波動関数Ψ を指数関数 eaxとおき、Ψ を x で微分すると∂Ψ/x = a・eax で、a は定数であるからエネルギー E と置き換えられ、また/x は x で微分するという演算子と考えるのである。これでシュレージンガーの波動方程式の意味が、ずっと身近に感じられたものだった。この波動方程式を変分法を用い解き、極座標で表示すると(第 4 図)に示すような丸い形の1つの s 軌道、亜鈴形3つの p 軌道、軸性亜鈴形やフラフープの様な帯を持つ亜鈴形や軸間亜鈴形の5つの d 軌道が表され、其処に電子が波動運動をしながら存在していると考えたのだ。白、黒は電子波の位相の違いを表している。

余談になるが、東京駒込にあった理研には、長岡半太郎、小型サイクロトロンの建設で有名な核物理学者仁科芳雄、また、彼の下に集まった湯川秀樹、朝永振一郎と続き、戦後、埼玉県和光市に移転しても113番の新元素の合成と、理研は世界の核物理学の先端を走っている。一方、ヨーロッパにはウイーン旧市街の北に位置して市庁舎があり、その隣に古色蒼然としたウイーン大学がある。この玄関ロビーにシュレージンガーとアインシュタイン教授の肖像写真が架かっており、当時、量子論を闘わせ合った物理学者達の熱気を感じる事が出来る。それにもまして驚いたのは、かってアインシュタインを日本に招いた人が、哲学者である西田幾多郎であった事である。学生時代に、量子論が哲学的と感じたのはまんざらではなかった気がするのである。

図5ヨウ素原子の電子配置

さて、ヨウ素原子 (12753 I) は53 個の電子を持ち、それらは(第 5 図)の様に原子核の周りに存在している。原子核に近い所のエネルギーの一番低い 1s 軌道から 一番高い5p 軌道までに 48 個の電子が在り、3つの 5p 軌道に5個の電子が存在している。各軌道はパウリの禁制に従い、電子スピンを逆にして2 個の電子が占めている。ヨウ素原子の反応性をみる場合に、53 個の全電子の運動式をシュレージンガー方程式 (1) に入れ計算するのは大変であるので、便宜的に、化学反応に最も関与するであろう 5s、5p (フロンテイア軌道)の電子のみをヨウ素電子の原子軌道として計算する。次に、ヨウ素原子2個からなるヨウ素分子は、夫々のヨウ素のフロンテイア原子軌道 (χ1 とχ2)の14 個の電子はヨウ素分子全体に存在することになり、新たな分子軌道 (Φ) を形成する。この分子軌道 (Φ) は各原子軌道を直線的に足しあわせる LCAO 法により

Φ = C1χ1 + C2χ2

と表される。

図6 ヨウ素の分子軌道

図7 超原子価ヨウ素化合物

係数 C1とC2 は 分子軌道に関与する原子軌道 χ1 とχ2 の割合を表す。その計算した結果を(第 6 図)に示す。ヨウ素原子は、5p 軌道にエネルギー準位の近い5個の 5d 軌道が結合に使えるので、3, 5, 7, 8 配位と超原子価化合物が存在可能となる(第 7 図)。これについては詳しく後で述べたい。


ヨウ素水溶液で存在するポリヨウ素イオン (I3-) はI2の分子軌道と I- の原子軌道から出来るとして同様に処理し(第 8 図)に示した。

図8 I3-の分子軌道

別の見方から、軸方向分子軌道を考えると、2 個のヨウ素分子の 2 σu 3 σg 3 σu* と1 個のヨウ素の5px との重なりと近似される。この結合は 3 中心 4 電子構造と云っている。この様に一番反応に関与する電子のみ分子軌道の計算に採り入れたのがヒュッケルで、化学反応の考察に量子化学を容易に利用出来うるようにした功績は大きい。ヨウ素分子では、2σg の軌道の電子を 2σu* 軌道に励起するには、そのエネルギー差に相当する波長の光を吸収する必要がある。それは次の式(E = hν = hc/λ)から求められる。E はエネルギー、h はプランク定数、ν は光の振動数、c は光速度、λは光の波長を表す。計算によると、ヨウ素分子のλは409 nm になる。我々の目は、可視光領域からこの波長の光を除いた反射光をみて赤紫色と感じている。I3-の場合は、3σg と 3σu*のエネルギー差から397 nm の光を吸収する。もっと長いポリヨウ素になると、量子化学計算から導出された、分子の長さ (a) の二乗に反比例して励起エネルギー (E ) は減少するので、吸収光の波長は長波長側にずれて行く事になる。実際に、安定に存在するポリヨウ素イオンは次式で表される。

m I2 + n I- → (I m+n)n- m, n > 0; n = 1~4

6) 人工偏光板はどんな構造になっているか。

ポリヨウ素イオンの工業的利用として偏光フィルムがある。ところで、一定の平面で振動する光を平面偏光と云う。19世紀初め、2個の方解石を貼り合せた、いわゆるニコルプリズムで平面偏光が得られる事が発見された。後に、アメリカのポーラロイド社は、方解石、ヨウ素、ヘラパタイト(酸性硫酸キニーネと酸性過ヨウ化物)をアセチルセルロース膜中に結晶軸を揃えて固定する方法で、商品名ポーラロイドの人工偏光板を市販した。これにより、高価なニコルプリズムに代わり、大型偏光フィルムが廉価に手にする事が可能となった。偏光フィルムは、偏光フィルターをはじめ多くの利用があるが、近年、需要増加の液晶デイスプレーにこれが必要なのである。そこで液晶ディスプレーに如何に利用されているか、その原理を調べよう。

液晶ディスプレーには、2 枚の偏光フィルムが偏光子および検光子として使用されている。この間に、電極板でサンドイッチされた液晶部分が入っている。液晶分子は電気的に分極した棒状の分子なので、いわゆる棒状磁性体と見なせる。ここに使用されている電極板の表面は、揃った分子配向の界面活性剤や一定の形状の蒸着酸化物薄膜や微細な溝等で調製されている。この電極板の間に液晶が入ると、Aのように90°回転した状態 (ツイストネマチック、TN) に液晶分子が並ぶ。ここで少し説明を加えると、液晶は常温で結晶で高温で液体になる物性を持っている。

図9 液晶ディスプレイの原理

その中間の状態が液晶といわれる状態で、その中でも結晶に近い比較的整然と分子の並んだスメチック状態と、完全にばらばらな状態のネマチック状態 (N) とがある。液晶ディスプレーに使われるのは、電極間で 90°回転しているTN の状態なのである。(第 9 図)の A に示す様に、これに偏光子を通過した E 方向に振動面を持つ平面偏光が入射すると、ファラデー効果により液晶分子に沿って90°平面偏光の振動面が変わる。すると偏光子に対して光学軸を直交するように置かれた検光子を平面偏光が通過出来るようになる。次に、電極間に電気を通すと、液晶分子は Bの様に両電極間に垂直に並び入射偏光面を変える事が出来ず、従って、検光子を平面偏光は通過出来なくなる。すなわち、電流をオン、オフする事で光をオフ、オン可能となる。これがデイスプレーへの作動機構である。

図10 液晶ディスプレイの原理

それでは、液晶ディスプレイに使われている偏光フィルムはどんな微細構造をとっているのだろうか。膨潤されたポリビニルアルコール (PVA) フィルムをヨウ素・ヨウ化カリ水溶液に浸し、次に、ホウ酸処理後 3~5 倍に圧延し乾燥する。すると、延伸方向に並んだ PVA 分子鎖間にポリヨウ素イオン (I3-, I5-) が綺麗に並んだ偏光フィルムが作成される。この膜の光学軸は延伸方向と直角になっている。この膜を詳細に見てみると、重合度2400 程度の PVA の結晶部分の表面と非結晶部分の PVA 分子鎖の間にポリヨウ素イオン (I3-, I5-) がサンドイッチ状に挿まれていて、その両端がホウ酸テトラマーで閉じられ固定された構造をとっている事が分る。従って、自然光が通過すると光学軸に振動面を持つ平面偏光が得られるのである(第 10 図)。

7)超原子価ヨウ素化合物とはどんなものか。

ハロゲン元素の中でも、F 元素を除く Cl, Br, I 元素は遷移金属元素と同じように電子が 利用可能な d 軌道を有しているので、超原子価をとり得るのである。最近、徳島大学の落合教授は3配位のハロゲンイリド化合物として夫々単離に成功しており、それらの安定性は I > Br > Cl の順であるとしている。ヨウ素は3や5 配位化合物に加え、更に 7、8 配位の超原子価化合物(IF7; IF8-) も存在する。

図11 3配位ヨウ素化合物の分子構造

まず、3配位のヨウ素化合物からその分子構造と反応を見てみよう。構造は(第 11 図)に示したように、ベンゼン環の炭素とヨウ素及びその2つの孤立電子対が sp2 混成軌道をとり平面状に夫々内角 120°で存在する。その平面に垂直に置換基 Xと Y があり、X-線構造解析からその結合距離は平面内の C-I のそれ (ラデイアル結合距離)より可成り長くなっており、弱い結合である(アピカル結合)。このアピカル結合 (X-I-Y) は3中心4電子結合と云われ、分子軌道の計算から電子は結合軌道Ψ1、非結合軌道Ψ2 に夫々2個ずつ存在し、空の1つの反結合軌道Ψ3から成り立っている。歴史的には、1886 年ビルゲロットがヨウ化ベンゼンを塩素化して PhICl2 (iodobenzene dichloride) を黄色結晶として得たのが最初で、その後、PhI(OAc)2(iodobenzene diacetate), Koser 試薬 (HTIB), Magnus 試薬 (PhIO-TMSN3) が合成された(第 11 図)。これらの主な反応例は (第 12 図) にまとめてある。

図12 3配位ヨウ素化合物の主な反応例

即ち、

(1) PhI+Cl がアルケンに求電子付加、Cl- がシスに付加後、還元的脱離でPhI を放出する。

(2) ポリマー状の iodosobenzene がアミンをニトリルまで酸化する。

(3) Magnus 試薬がメチル基をアジ化する。

(4) PhI(OAc)2p-toluenesulfonic acid を反応させ Koser 試薬を作り、これをアルケンに反応させると vicinal ditosylateが合成出来る。


中でも、ヨウ化ベンゼンから容易に合成出来、しかも、比較的に安全に取り扱う事の可能な PhI(OAc)2 は工業的にも有用な試剤に成っている。主な反応例を (第 13 図)に示す。

図13 PhI(OAc)2の実用化反応例

(1) β-ケトカルボン酸エステルの α-位を酸化し、安定なヨウ素イリドを合成後Rh2(OAc)4 で酸化すると、α-位炭素のカルベンが生じ、β-ラクタム環のNHに付加閉環する。

(2) フェニル酢酸エステルのベンジル位を PhI(OAc)2 でアセテートに酸化後、アルコラートに変換している。


5配位ヨウ素化合物としては、o-iodoxybenzoic acid (IBX) や Dess-Martin 試薬 (DMP) があり、夫々特徴ある酸化剤として使用されている。

図14 5配位ヨウ素化合物の主な反応例

これらは、強い酸化剤で爆発性を伴い使用には充分注意が払われなければならない。そこで最近、sodium o-iodobenzene sulfonate から OXONE で酸化して得られる IBS を単離せずに使用する方法が考案されている(第 14 図)。

図15 5配位ヨウ素の実用化反応例


実用化反応例としては、(第 15 図) にまとめてある。即ち、

(1) IBX はシクロデカン環の水酸基を損なわずに環を酸化している。

(2) TESO → OH 基に変換後、もう1 個の OH 基を損なわず選択的に IBX で酸化している。

(3) グリニャール反応で2級アルコールにした後 IBX で酸化している。

(4) 1級アルコールを DMP でアルデヒド酸化で止めている。


7配位ヨウ素化合物としては、古くから知られている NaIO4 (sodium periodate)がある。

これは OsO4 と同じような酸化反応を行う。

8) 電導性ポリマーではヨウ素はどんな働きをしているか。

筑波大の白川教授の電導性ポリマーの仕事を見てみよう。当時、ポリアセチレンはアセチレンモノマーの重合により繊維状にしか合成出来なかった。しかし、学生の過剰の触媒使用という調合ミスからポリアセチレンフィルムの合成に成功したのである。これ自体は半導体の性質を示すが、米国の協同研究者の示唆により、ヨウ素をドープすると金属の性質 (伝導性 10-5S cm-1) をうる事が分かった。この電導機構はソリトン効果の理論で説明出来、生物の神経伝達機構と同じであるとした、もう一人の協同研究者と3人にノーベル化学賞が与えられた。

では、ポリアセチレンの高分子構造はどうなっているのか。この高分子を構成する原子は炭素 (126C)と水素 (11H) だけであり、炭素原子は6個の電子を持ちその電子配置は (1 s)2(2 s)2(2 p)2 である。つまり、1個の1s 軌道に2個、1個の2s 軌道に2個、3 個の2p 軌道に2個 電子を原子核の周りに持っている。

図16 導電性ポリマー

ポーリングは、1個の2s 軌道と2個の2p 軌道とから3 個の2 sp2 という混成軌道が出来ると考えた。そして、夫々に1個ずつ電子が詰まり、残りの1個の電子が 2 p 軌道に入つている。これは(第 16 図) に示すように、共役2重結合を持つ2次元に広がった炭素-水素原子平面骨格からなり、その平面骨格に1個の電子を有する亜鈴型の2 p 軌道が垂直に連なる構造なのである。これに I2 がドープすると、ヨウ素の酸化作用で1電子及び2電子酸化が起こり、それぞれ中性ソリトン、及びプラスのソリトンが出来上がり、矢印のような電子移動が可能となるのだ。 このドープされたヨウ素は X-線吸収スペクトル (XAFS) とメスバウアースペクトルから、 I3-とI5- のポリヨウ素イオンの形で存在していると考えられている。

図17 主な物質の導電性


ここで、金属と半導体の知識をまとめてみたい。主な物質の電導性を電導率 (S cm-1) の尺度で(第 17 図) に示した。

図18 バンド構造


金属と半導体の違いは、固体化学のバンド理論 (第 18 図)を借りると、金属は伝導帯に常時電子が存在するが、半導体は熱や光で価電子帯を励起して始めて伝導帯に電子を持てるようになる。従って温度が上がると、
金属の場合、最外殻の自由な電子を除いた原子核を含む残部を原子コアと呼ぶと、原子コア間の振動増加により自由電子の流れが阻害される。即ち、電気抵抗の増加が認められる事になる。一方、半導体の場合は伝導帯への励起電子の増加でより電流が流れ易くなる。

図19 代表的な有機半導体

次に、光をあてて電気を発生させる半導体の話をしたい。(第 19 図) に代表的な有機半導体を示した。ドナー化合物 (D) の半導体膜に太陽光があたると、バンド理論に従って、Dの価電子帯にある HOMO 電子が伝導帯のLUMOに励起されてプラス極に電子が流れる。残った価電子帯のHOMOの正孔にマイナス極から電子が移る。このHOMOと LUMO のエネルギー差は、 Si で1 eV, CdSで 2.5 eV, ポリアセチレン (トランス型:1.4 eV; シス型:2 eV) である。効率の良い発電には、ドナー (D) 型膜とアダプター(A) 型膜を35 : 65 の割合に接続した混合構造型が良い事が実証されている。

9) 有機金属はどんな構造をしているのか。

1950年代、東京大学の井口教授はトリフェニレンと臭素の錯体が電流を流す事を発見した。

図20 代表的な有機半導体

これが、有機金属の最初とされている。この錯体構造は18 個の p 電子を持つトリフェニレンの一番高いエネルギー準位にある1個の電子が臭素の 4p 軌道に移る事により生じた電荷移動錯体である。この場合電子を与えたトリフェニレンはドナー (D) と云い、電子を受け取った臭素はアクセプター (A) と云う。従ってこの錯体を記号で表示すると [・D+・A- ] となる。(第 20 図) から分かるように、・D+と D および・A- と A とが交互に重なると矢印の方向に電子の移動が可能となる。この有機金属の電導性を上げるためには、まず第一に、電子を与え易いドナー化合物と受け取り易いアクセプター化合物の組み合わせ選定がある。次に、これらを結晶内に如何に上手く意図的に配列させるかと云う問題がある。此所にもヨウ素が登場する。例えば、ドナー化合物にヨウ素官能基を付け、一方、アクセプター化合物に n 電子を持つ窒素や酸素官能基を付けたものを組み合わせると、 C-I の空の反結合軌道 (σ*) に n 電子が引き寄せられた、いわゆる、ハロゲン結合 (~N,O—-I~) が出来て期待する錯体 (・D+・A-) の配列が得られる。(第 21 図)に代表的なドナー化合物とアクセプター化合物、更に、ハロゲン結合を利用した錯体合成例(カッコ内)を示した。

図21 代表的なドナーおよびアクセプター化合物

10) 色素増感太陽電池の構造はどうなっているのか。

図22 色素増感太陽電池

太陽光から無機 EL 材料を利用して電気をうる方法である。これは、無機半導体の酸化チタン (TiO2) を発電材料として使用しているが、TiO2 の HOMOと LUMO の励起エネルギーは太陽光の紫外線に相当するように可成り大きい。より多くのエネルギーを利用するには、太陽光の大部分を占める可視光線 (420~700 nm) を利用する必要がある。従って、増感剤である有機金属化合物を用いる方法が採用される。代表的な装置は (第 22 図) に示した。

太陽光の吸収面積を増やす為に球状の TiO2 を用い、色素にはカルボキシル基を導入してTiO2 にエステル結合で強固に固定している。この色素増感剤を使用すると、太陽光の半分のエネルギーが利用可能となる。この電解液にポリヨウ素イオンが登場する。電解液中のI-/ I3-の酸化還元系で効率良く電子を運ぶ事が出来るのである。Fe-Co系の電解液よりリーク電流が少ないと云う利点がある。(第 23 図)に発電機構を分りやすく示した。TiO2 の HOMO 電子の励起以外に色素増感剤でより長波長の光まで吸収可能である事が分かると思う。ここに流れる電流 (I) は次の式で表される。

図23 発電機構

I = 2 n F c D /d

n = 反応電子数; F = ファラデー定数; c = I3- 濃度;

D = I3- の拡散定数;d = 2 極間距離

電流 (I ) を大きくする為には、 2 極間距離を短く、溶液粘度を下げて I3- の拡散定数を大きくする、また、I3- の溶解性を上げて濃度を大きくする事である。

11) 甲状腺ホルモンは体内で如何に働いているのか。

図22 色素増感太陽電池

生体内の作用機作サイクルから薬が誕生した例として甲状腺ホルモン(チロキシン)がある。血中のヨウ素イオン (I-) は、甲状腺にある濾胞細胞の上皮部分の細胞にレシチンと結合して入り、そこで、ペルオキシダーゼと云う含鉄酸化酵素 [E-Fe+(II)OOH]でヨウ素カチオン (I+) に酸化される。次に、チロキシンの前駆体であるチログロブリンをヨウ素化して MIT, DIT 蛋白質に変換する。これらの蛋白質が濾胞細胞内でチオペルオキシダーゼと過酸化水素で酸化カップリングされチロキシン T4, T3 として貯蔵される。必要に応じ、酵素により蛋白部分が加水分解され T4 アミノ酸、あるいは T3アミノ酸として血中を運ばれ目標とする細胞に入る。そこでは T4アミノ酸は rTM3アミノ酸に変わるが、T3アミノ酸のみが有効に酵素の遺伝子合成に関与出来るのだ。

図22 色素増感太陽電池


ホルモンとして働いた後は、脱ヨウ素化酵素の作用でヨウ素イオン (I-) に分解され再利用されるか、過剰分は分解廃棄物と一緒に腎臓より排泄される(第 24 図)。この作用機作から、甲状腺ホルモン補強剤として、商品名でレポチロキシンやリオチロニンが登場した(第 25 図)。

12) ヨウ素は消毒、殺菌、殺虫剤として如何に作用しているのか。

図26 ヨウ素系殺菌&消毒剤

含ヨウ素殺菌剤であるポビドンヨ-ドやポロクサマーヨ-ド(第 26 図)はヨウ素 (I2) の以下のような酸化作用を利用したものである。

I2 + H2O ⇄ HI + IOH

IOH ⇄ I+ + OH-

発生したヨウ素カチオン (I+) は水溶液では H2OI+ の形で存在して、生体内の蛋白質のアミノ酸残基であるシステインを酸化したり、チロシン、ヒスチジンをヨウ素化する事で蛋白質を変質させるのである。

13) 医療に使われるヨウ素化合物にどんなものがあるか。

静脈→腎臓→排泄の尿プロセスの診断には、放射性ヨウ素同位体 123I が使われる。これは放射エネルギーが弱く (γ : 0.159 MeV) 寿命が短いからである(半減期 13.27 時間)。甲状腺癌の治療には、放射エネルギーの大きいβ崩壊する Na131I が使われている (β:0.606 MeV; γ: 0.364 MeV)。また、最新のポジトロン放射断層撮影 (PET) では、半減期 4.2 日の 124I を組み込んだグルコースを注射投入し、人体の輪切り断層撮影を可能とした。これは、124I から放出されるポジトロン (e+) が周囲の電子 (e-) と衝突し生ずる

図27 X線造影剤

γ 線をコンピューター画像で捉えるもので、例えば、癌の部位に多くのグルコースが集まるので、明確な診断が出来るのだ。

また、血管及び各種臓器の診断に X-線造影剤が用いられている。これは、X-線の吸収能が良く、安全でなおかつ安定な化合物としてヨウ化ベンゼン誘導体が開発された。初期は水溶性を上げるべくカルボン酸塩が用いられたが、通常の血管注入でも60~70% 水溶液で100 ml と可成の量を使用するので、急激な浸透圧の上昇により激痛を伴い副作用が大きい。これを除く為に現在では、糖やアミドのような親水性の官能基を持つ非イオン性造影剤が用いられている(第 27 図)。

また、大豆レシチンとヨウ素を結合させたヨウレシチンは、甲状腺機能低下症、網膜炎、喘息気管支炎の治療に効果がある。ヨウ素成分の多い海藻と Ca(IO3)2 を鶏の飼料として与え、得られたヨード卵は脂質及び糖代謝改善作用、炎症、アレルギー抑制、乳癌予防、老化防止の効果があるとされている。

14) ヨウ素の吸着が物質にどんな影響を与えるか。

図28 ヨウ素包接化合物

ヨウ素澱粉反応で生ずるアミロース・ヨウ素錯体は、1,4 – 結合の α(+)-グルコピラノース単位から成るα-ヘリックス形アミロースの中に、ポリヨウ素が包接された構造を持っている。現在、吸収スペクトル、円偏光スペクトル、メスバウアー測定結果より、ポリヨウ素は、I3- ⇄ I5- の平衡イオン状態であると考えられている。α-シクロデキストリン (α – CD)とヨウ化リチウム 及び カドニウムの結晶は、X-線構造解析から、ヨウ素は I5- 単位の包接構造体である(第 28 図)。


図29 グラファイト・フラーレン・カーボンナノチューブ

(第 29 図)に示す様に、炭素の同素体であるグラファイトは縮合ベンゼンの平面(グラフェン)の多重積層構造体である。この電気伝導性は、平面の垂直方向を 1 とすると平面方向のそれはおよそ1000倊である。現在、グラフェンはグラファイトからセロテープで剥がし取る事で入手出来る。更に、化学蒸着法(CVD)で銅板上にCH4を熱分解することで大面積のグラフェンも可能となった。そして、グラフェン平面上の電子速度はグラファイトの平面方向のそれより可成り速い事も分かった。この速度は光速度の 1/300 にも相当し、勿論金属中の電子速度より速い。そこで物理学では、金属中の電子を準粒子、また、グラフェン面上の電子をデイラック粒子と区別している。準粒子は量子力学で扱う上完全なトンネル効果を示す粒子であるが、一方、完全なトンネル効果を示すデイラック粒子は、新たに登場した量子電子力学で取り扱われる。これの量子コンピューターへの利用が今検討されている。

近年、炭素同素体としてグラファイト電極間でのアーク放電により得られた煤から、クロトー、カール、スモーリーによりフラーレン C60 が発見された。

図30 ヨウ素内包カーボンナノチューブ

その後、C70,C76,C78,C80 が続々と見い出された。一方、飯島はアーク放電の陰極堆積物の中から、カーボンナノチューブ (CNT) やカーボンナノホルンを発見したのである。CNT は入り子形の多層構造体 (MWCNT) と2 層構造体 (DWCNT) 、そして 1 層構造体 (SWCNT) とがある。標準形の SWCNT は内径 1.4 nm 程度なので、真空中でおよそ直径 1 nm のフラーレン C60 と処理すると、C60 を内包したピーポッド・カーボンナノチューブ (ピーポッド CNT) が合成できる。C60の中に金属原子を入れたピーポッド CNT を高温度で処理すると、C60 が昇華して SWCNT が DWCNT に変化して、 DWCNT のメタルナノワイヤーが出来上る。(第 30 図)には、CNT 類とヨウ素吸着体の例を示した。束状のCNTにヨウ素を吸着させると、CNT 類の内部ではなく、束の隙間にヨウ素が挿入されたCNT 類が得られ、これは、電気伝導性の向上に寄与する事が分かった。グラフェンを巻いたものが SWCNT であるので、その巻く角度により 3 つのカイラルテイーが生ずる。即ち、金属性の (n,n) SWCNT と 1/3 金属性・2/3 半導体性を持つ(n,0) SWCNT と 半導体性を持つ (n,m) SWCNT である。次に、内径の異なる SWCNT にヨウ素を内包させると、1 重ラセン状ポリヨウ素、2 重ラセン状ポリヨウ素、3 重ラセン状ポリヨウ素の SWCNT が出来上がる事が分かった。更に、(10,10) SWCNT に KI を内包させると、単位セルに 4 個の KI 分子が詰まり、4 個の K 原子から 1 個の電子が SWCNT 壁に移行し、残り3 個の電子は 4 個の I 原子に移行している錯体が得られた。これら材料の物性はどのようであるか興味のある所である。

15) 有機ヨウ素化合物はどの様に利用されているか。

図31 鈴木・宮浦 クロスカップリング反応

ヨウ素を筆頭とするハロゲン化アリール及びアルケニル化合物は、直接結合する事で、電子材料、医薬品、光学材料等の合成に利用されている。これらハロゲン化合物の結合手段として、銅 (Cu) を触媒とするウルマン反応は昔から知られているけれども、現在では、異なるハロゲン化合物をパラジウム (Pd) を触媒としての穏和な反応が主流である。

その中でもとりわけ、取り扱い易さや安全性の点から、鈴木・宮浦クロス・カップリングは工業的に注目されている。そこで、この反応を少し詳しく述べてみたい。この反応の概略は(第 31 図)にまとめてある。

(1) は原料となるアリールボロン酸ピナコールエステルの合成で、塩基 (AcOK) 存在下、ハロゲン化アリールを Pd を触媒として反応させる。即ち、最初に Pd にハロゲン化アリールが酸化的付加をし、AcOK でリガンド交換後、再び、ジボロン酸ピナコールエステルでリガンド交換、次に、還元的脱離が起こり、アリールボロン酸ピナコールエステルの生成と同時に、再生された Pd を再利用するのである。

(2) は得られたアリールボロン酸ピナコールエステルとハロゲン化アリールを塩基 存在下、Pd を触媒としてカップリングする方法である。反応機構は (1) と同じである。これらに使用されるハロゲン化アリールのハロゲンは、主に Brと I であり、その反応性は I > Br の順である。

16) ポリマー合成にヨウ素はどう関わっているか。

ポリマーを合成するには、原料となるモノマーを重合開始剤から生ずるカチオン、アニオン、及びラジカル分子種を利用して重合を行う。この際、重合されたポリマーの分子量を出来る限り揃えると高品質のポリマーとなる。この方法として、ラジカル・リビング重合法が知られている。この反応にヨウ素が利用された例を説明する。即ち、鉄触媒にヨウ素を添加すると、一部ヨウ化鉄触媒となり、これが生成するラジカル・ポリマー中間体の濃度をヨウ素交換により一定として、分子量の揃ったポリマーが合成される。また、フォトポリマーへの利用がある。半導体分野で使用されている微細加工レジスト材料、プリント配線基板、液晶カラーフィルター、情報記録材料等で、重合開始剤にジアリールヨードニウム塩が使われる。

図31 鈴木・宮浦 クロスカップリング反応

これは、光により分解されて生じる酸、及びラジカル分子をポリマー重合に用いているのである。

工業的利用として、含フッ素化学薬品、及び機能性フッ素系ポリマー合成例を(第 32 図)にまとめた。5-フッ化ヨウ素からテロメリゼーションにより RfI を合成する。Rf 基をエチレンに挿入することにより、多様な含フッ素化学薬品を製造している。また、テトラフルオロエチレンとヨウ素から得られるペルフルオロ-1,4-ブタンを原料として、機能性フッ素系ポリマーの合成が行われている。また、半導体の加工にもヨウ化物が登場する。従来は CF4 や C4F6 ガスが使用されて来たが、近年、集積回路の微細化と共に地球温暖化係数の小さな CF3I ガスを使用すると、プラズマ中の UV 強度と F ラジカル量が少なくなり、加工時の変質層も少なくシャープな微細加工が可能となった。

17) ヨウ化金属が電池の材料になる。

心臓ペースメーカー用電池に、リチウム電池が用いられている。プラス極はポリビニルピリジンとヨウ素、マイナス極はリチウム (Li) 金属からなっている。即ち、マイナス極面では、Li → Li+ + e-, プラス極面では、I + e- → I- 反応が起きている。そこで生成した LiIが固体の電解質として働いている。将来のエコカーには、ニッケル電池より小型で高出力のリチウム電池が大幅に増加すると思われる。最近の研究では、AgNO3, NaI, そしてポリ-N-ビニル-2-ピロリドンの夫々の水溶液を混合するという簡単な方法で、高イオン伝導性の 10 nm の AgI ナノ粒子が出来ると報告されており、固体型電池への利用が期待されている。話が変わるが、ガラスにもヨウ素が働いている。普通のソーダ石灰ガラス (Na2O-CaO-SiO2) や光ファイバー用シリカガラス (SiO2) には LiI, NaI, AgI は混ぜられないが、オキシハイドライド系ガラス (Ag2O-B2O3-Metal・I) の様に、LiI, NaI, AgI を含む伝導性ガラスもある。

18) ヨウ化金属が有用な有機金属試薬を作る。

代表的な有機金属試薬は何と云ってもグリニヤール試薬であろう。これは、グリニヤールの先生にあたるバルビエールがエーテル中、ハロゲン化アルキル (R1X)、ケトン (R2COR3) と金属マグネシウム (Mg) の混合液から相当するアルコール(R1R2R3COH) を合成した事に始まる(バルビエール反応)。この反応を精細に調べ、グリニヤールがハロゲン化アルキルと金属マグネシウム からグリニヤール試薬(R1MgX)を作り、これにケトン類を反応させる方式を確立したのである。この反応は、例外なく殆どのハロゲン化アルキルやアリール類、ケトン類に適用出来るので、今や一番汎用性ある有機反応として利用されている。さて、グリニヤール試薬の生成機構は、Mgが RX を 1 電子還元することから始まり、0 価の Mg が 2 価の Mg に変わる。これを、RX の酸化的付加という。この時に、X がヨウ素 (I) であると、ハロゲン元素中一番還元され易いという特性が生きて来る。この特性は、重要な有機金属試薬である有機リチウム(RLi) の調製に重要である。

現在では、有機ハロゲン化物から殆どの有機金属化合物が合成されている。一方、ヨウ化金属そのものを反応に利用する事も盛んである。カガンは、ランタノイド金属であるヨウ化サマリウム (SmI2) の有機反応を展開させた。